キャリアストーリー②(顧問 松本英嗣)

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顧問 松本英嗣

医療業界専門エージェント、JCLコンサルティングの顧問。医療機器業界で営業、マーケティングを経験した後、JCLコンサルティングを20005年に設立し現在に至る。

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こんにちは、JCLコンサルティング 顧問の松本です。

さて、私が医療機器業界で働いた最初の会社、外資系医療機器メーカー、ボストン・サイエンティフィック ジャパンでの経験を書きたいと思います。20年前の話で今の時代にはそぐわない内容も多々ありますが、参考としてお読みください。

 

【入社当日、自分だけ名刺がない】

 

まず出社初日、数名と一緒にオリエンテーションを受けたのですが、私だけ名刺がありませんでした。というのも、私の内定が出た時から入社までに事業部門の再編が決まり、配属の営業所が決まっていなかったのです。採用予定の部門は無くなっていました・・・。

いきなり波乱の幕開けでしたが、最初の印象は「なんか面白い会社だな」というものでした。従業員の学歴やそれまでの職歴のバックグラウンドが様々で、ハーバードのMBA卒もいれば、高卒の営業マンもいる。そういった人たちが、日々丁々発止コミュニケーションをとりながら仕事をしているという環境が新鮮でした。

 

さて3か月の研修を終え、現場に出て営業活動を始めました。最初の印象は「楽だな~」というものでした。

なんといっても、ボストン社はインターベンションのパイオニアですので、病院に行って先生に「ボストン・サイエンティフィックです」というとほぼ知っている。そしてとりあえずは話を聞いてくれる。

前職では、(たまに)担当者が受付まで来てくれて、名刺とチラシを受け取ってくれた直後、受付の下のゴミ箱によく捨てていました。帰ろうとして振り返ると「ポトン」と音がして「捨てたな」と気づきます。そんな経験をしていると話を聞いてくれるだけで天国でした。

しかし、いきなり奈落の底に突き落とされます。

 

【担当を持って1か月経たずに、勝手にクビを覚悟】

 

さて、担当をもって2-3週間ほど経って、気になる顧客が一件ありました。私の担当先の中ではかなりの売り上げの割合を占めているのですが、引継ぎ情報がなくてどの診療科が使っているのかよくわからない。その月の売上がこれまでの実績と合わない(下がっている・・)

いろいろ調べて、ある診療科がかなりの量を使っている顧客だということが判明。何とか部長先生とお会いしました。そこで最初に言われた言葉は、

「〇〇(製品名)か。あれはもう使わないから」

「え・・・・・・・?」

その製品は、買収したメーカーの製品だったんですが、買収の混乱?もあり継続的にフォローできていなかったようです。

ただ、「はい、承知いたしました。今までご使用ありがとうございました!」といって終わるわけにはいかない。よくよく調べるとその診療科の売上は、私の年間目標予算の約30%を占めていました。それが一気に全部なくなる・・・「転職して4か月でクビ決定か??」という思いがよぎりました。(そういう会社ではないですが、勝手に思っただけです、念のため。)

しかし、そんなことばかり考えていても仕方がない。ただ、営業として現場に出始めたばかりでどうしていいかもよくわからない。とりあえず毎日病院へ通い、その製品を誰が、どのように使っているか調べ、待ち伏せしてでもとりあえず挨拶をし、ネタを準備して話をし・・・。20年以上前の話で、しかも毎日必死だったので細かくよく覚えていませんが、なんとか使用を継続していただき、数か月後には現場トップの先生ともいろいろと話ができるようになりました。その先生には、3年後担当を変わるまで大変お世話になりました。

 

【その日のうちには帰らない、と決める】

 

ただ、これが私にとって結果的に良いほうに転がりました。おそらくその顧客の大きな売り上げを失う、と思っていた私は、「他で売上を挙げて、何とかしないとヤバい、クビだ!」と勝手に思い、以下を自分に課しました。

①その日にあった疑問点はその日のうちに必ずクリアにする

②訪問スケジュールを事前に決め、前日までに準備を完璧にする

③とにかく顧客医師と話せる知識をつけるため、関連文献、資料をひたすら読む

 

そのうち「自分が最後まで会社に残る」からの「その日のうちには帰らない」が加わりました。

結局、営業を終えてオフィスに戻り、その日の疑問点の解消、明日の顧客訪問の準備をし、そのあと午前1時前後まで会社で文献や資料を読み、最後に会社のカギをしめて帰るということを、GW明けくらいから9月ごろまで続けました。

自己学習は決して体系的ではありませんでしたが、だんだん顧客医師の興味のある話についていけるようになり、その会話から学び、わからなければ調べるということを繰り返していくうち、30分、1時間と話せるようになりました。営業のコツもわかり始め、自然に売り上げもついてくるようになりました。

 

【120%じゃないと伸びない!】

 

さて、1月に入社し、12月の決算を迎えます。一時はどうなることかと思いましたが、ギリギリ予算達成したかと記憶しています。そのころは私も数カ月頑張った後で、少し休憩モードに入っていたのかもしれません。

あるとき、営業課内の数名で食事をしていたら、当時の上司に聞かれました。

「松本君、君は今、自分の何%の力で仕事をしているのかな?」

「えーと、80%くらいでしょうか?」

「〇〇〇〇〇!!君のような若者は100%でも足りない、120%やってもいいくらいです。そうしないと伸びないですよ!」

最初は言われた言葉をそのまま書いたのですが、今の時代には多少不適切かと思いまして、丁寧な言葉に翻訳しました(笑)冗談はさておき、なぜかこの「120%」という言葉が響きました。「120%・・・120%か・・・ちょっとやってみるかな」と帰り道に思ったのを今でも覚えています。

次の日から、まず、訪問件数や、訪問顧客数を会社の目標の120%どころか150%くらいに設定し、徹底的に訪問を繰り返しました。報告書を作るときも、資料作成をするときも、何をするときも「120%、120%・・・」と考えながら行動しました。

今の時代にはそぐわない?のかもしれないですが、若い方には一度自分の「120%」で仕事をしてほしいと思います。もちろん、やらされるのではなくて、自分の意志で。私にとっては、そうしていた当時がまさに、その後の人生において仕事をする上での基礎を作った時期だと思うからです。

周囲にも恵まれました。当時は、私の仕事人生の中で唯一上司、先輩と慕う二人がいらっしゃいました。そして、現在、JCLコンサルティングの代表である井口は同じ営業課の一年後輩です。今よりも市場の伸びが大きかった分、目標数字もChallengingで、会議は厳しく容赦ない突っ込みが入り、中途で入ったばかりの井口は悔しくて泣いていました・・・。同僚、後輩もすばらしく、みな、医療機器業界で今も活躍しています。

 

さて、私は上司の言葉を信じた結果、重要顧客も担当させて頂き、売上で全国上位に入ることもできました。当時はあまりなかった、営業マンから働きかけてセミナーや研究などの企画実行にも関わりました。

ただ、順調になると新天地を求める癖があり、いろいろと考え始めます。

 

続く

 

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