キャリアストーリー① (顧問 松本英嗣)

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顧問 松本英嗣

医療業界専門エージェント、JCLコンサルティングの顧問。医療機器業界で営業、マーケティングを経験した後、JCLコンサルティングを2005年に設立し現在に至る。

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ジェイシーエルコンサルティング 顧問の松本です。

自己紹介に続き、私のこれまでのキャリアについて何回かに分けて書いていこうと思います。

大したものではないですが・・・ただ、これから医療機器業界への転職を検討している方、現在医療機器業界にて働いている方にとって何か少しでもヒントになるようなことがあれば、と思って書きます。

 

【新卒入社。派遣営業としてひたすら企業を回る】

私は大学卒業後、当時は業界3位の人材派遣会社に入社しました。のちに人材派遣では業界トップとなった総合人材サービス会社です。

入社の理由は、

① 東京で働ける(当時、同社は東京のシェア獲得に力を入れており新卒営業の初任地は東京で確定でした)

② そもそも特にやりたい仕事も興味のある会社もなかったので「まずは世の中を見てみよう、人材派遣ならたくさんの会社を見られるかな」と思った

③ 業界が伸びていて、すぐに現場に出られて、経験を積める会社に行きたかった(実際、入社後1週間程度で、一人で営業先を回っていたと思います)

現キャリアコンサルタントとして、今から考えるとお恥ずかしい理由ですが、この程度でした。

さて、入社したこの会社が、とにかく営業量にこだわる会社でした。月曜日から木曜日は1日50件のルート営業、金曜日は100件飛び込みがノルマです。

100件飛び込みとかできるの??と言われますが、教えられた効率的な方法は

「まず雑居ビルの一番上までエレベーターで昇り、非常階段を使っておりながら訪問しろ。エレベーターを待つ時間が節約できる」でした。

 

その方法で私の最高記録は一日140件です。夏場に100件以上回ると頭から汗びっしょりになるので、会社に戻ると「あれ?外は雨降ってるの??」と言われたりしていましたね。

飛込営業なので「派遣使ってますか?需要ありますか?」と聞き、なければ(ほとんどないですが)「じゃあまたお願いします」と言って名刺をおいて帰るだけです。見込みのありそうなお客さんは、簡単にヒアリングと自社の紹介をし、リスト化してフォローしていくわけです。

当時は訪問したら必ず名刺をおいてくるルールとなっており、単純計算で一人の営業マンが週に300枚名刺を発注することになります。当然、名刺の発注が滞ると「お前ちゃんと営業してるのか?」ということになります。

それが理由かどうかわかりませんが、同期の部屋でうず高くオブジェのように積まれた名刺の束を度々見たような気がします・・・。

 

【業務委託の関連会社へ出向。思いがけず重要部署へ異動】

10月の本配属では、工場等へアウトソーシングのサービスを提供する関連会社へ出向になりました。

実は本配属前のヒアリングで、「この会社の営業のやり方おかしくないですか??」と人事マネージャーに生意気なことを言うと、「じゃあアウトソーシング行け」ということで。

いわゆる業務請負です。オペレーターが全国の見込み顧客に電話をし、見込み顧客が見つかったら営業が全国に飛び、案件をまとめてくるというスタイルです。

配属されて1か月そこらで、新しい部門が立ち上がりました。現状数十名以上規模のプロジェクト進行中もしくは、今後大型案件受注見込みのある大企業のみに絞って営業する営業部です。

全国から数名の支店長クラスが本社に集められて、営業部を作ったのですが、その中になぜか新卒の私が入っていました。期待してもらっていたのでしょうか。

会議で他の元支店長に「それおかしくないですか?」と失礼なことを言ったりと、若気の至りで今となっては本当に申し訳なく、そういう若者を懐深く受けとめてくださった周りの方々に感謝しています。

 

【営業先が人材紹介会社。入社9か月で最初の転職。】

さて、最初の転職に関して書きましょう。アウトソーシングの関連会社に出向する前、人材派遣の営業先に人材紹介/ヘッドハンティング会社がありました。

初回の訪問で、奥に通され「大学は?」とか「今の仕事楽しいですか?」等いろいろと話をしていただきました。そういう方は珍しく、私は「暇なのかな?この人」と思っていましたが。

当時は人材紹介、ヘッドハンティングも今ほど一般的ではなく、「人材のデータベースから企業のニーズに合った人を探して紹介する仕事」といわれても「そんなのが仕事になるのかな?」と思っていました。

まさにその日、自分がデータベースに登録されたのも知らずに・・

 

私のほうは10月の異動後、「このままでいいのかな・・」と思い始めました。(いくら何でも早すぎますね)

とりあえず量はこなしていましたが、何か専門的な知識が身についているわけでもなく、成長がないままずっと同じことを繰り返していくような気がしていました。

そんな時に、先程書いたヘッドハント会社から、携帯に突然電話がかかってきたのです。

先進的な医療機器を扱う外資系医療機器メーカーが営業マンを探している、ということでした。医療機器分野、ということでしっかりとした知識を身に付けて営業をしないといけないこと、高齢化社会を見据えた将来性、先進的な治療法を提供するという社会貢献性、外資系の成果主義・・・

当時の私には非常に魅力的な内容でしたが、不安要素は新卒入社1年未満で転職ということ。

外資系なんで結果が出ないとクビかな?すぐクビになったら経歴ボロボロだな・・と思いましたが、最後は、「とにかく結果を出せばいい!やれるだろ!」と。

結果2回の面接を経てボストン・サイエンティフィック社に入社することになります。

ラッキーだったと思います。当時(20年以上前)は「医療機器業界」自体が今ほど一般に知られておらず、企業側もとにかく人が必要で採用基準も高くなかったと思います。

今では新卒入社半年では、ほぼ100%書類が通りませんので・・・

 

結局最初の会社は4月に入社し、9か月後には転職してしまうのですが、営業の基礎を身に付けるには非常に良かったと思っています。

また、何事も徹底すれば結果が出るんだな、と。当時の会社の営業スタイルは、質ははっきり言って2の次でいいので量を徹底させる、というものでした。しかし、量で他社の何倍も圧倒することにより、実績を伸ばし、とうとう業界トップになってしまった。それも一つの戦略ですよね。あっぱれです。

 

続く

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